【新潟・アスリートブック】 監督2年目、かく敗れたり。されど…~バスケットボール女子・新潟アルビレックスBBラビッツ監督 衛藤晃平さん

【新潟・アスリートブック】 監督2年目、かく敗れたり。されど…~バスケットボール女子・新潟アルビレックスBBラビッツ監督 衛藤晃平さん


バスケットボール女子のWリーグは3月15日でレギュラーシーズンを終えた。新潟アルビレックスBBラビッツは9位。目標だった、プレーオフに進出する4位以内に入ることはできなかった。チームを率いて2年目になる衛藤晃平監督にとっても不本意な成績。ただ、自主性を重視した指導の下、選手、チームは確実に成長を遂げた。負けても、なお、得たものは大きい。

衛藤メイン トリミング

試合終了20秒前、ルーキーの砺波美沙子が左サイドからミドルシュートを放った。ボールがリングに吸い込まれると同時に、砺波の背中側の新潟のベンチから、大きな歓声が上がった。飛び上がって喜ぶ選手たち。その脇で、衛藤は笑顔で手をたたいた。

3月14、15日、レギュラーシーズン最終カードのシャンソン戦。新潟は連敗した。1月31日のトヨタ紡織戦から12連敗でシーズンを終えた。15日の2戦目、砺波のシュートでスコアは60-94。この後にタイムアップ。

チームのシーズン最後の得点は、砺波にとってWリーグの初得点だった。「今週は砺波に点を取らせるための練習もしてきたんです。彼女だけ、まだ得点がなかったので」。そう話す衛藤にも意味のある得点だった。

「今季は『TEAM』というスローガンを掲げてきました。成績は悔しいですが、結成4年目で初めてチームになったと思います」。シャンソン戦に備えた練習で、あえて砺波のためのフォーメーションを組んだ。それをチーム全員が受け入れた。得点の瞬間は「今まで全員で積み重ねられたものが表れた」と、成果を感じた瞬間でもあった。

レギュラーシーズンの順位は9位。昨季よりも1つ落とし、目標だったプレーオフ進出は果たせなかった。通算成績は5勝25敗。到底満足できるものではない。

ただ、目指す方向にぶれはなかった。目標を見据えてそれぞれが役割を果たす。そのために行動し、練習に取り組む。昨季、ヘッドコーチに就任して以来、選手たちには自主性を説いてきた。そこに『TEAM』になるというテーマを加えたのが2年目のシーズンだった。

右膝靱帯(じんたい)のケガで昨季を棒に振った梅木智加子が、センターとして主軸になった。1試合平均リバウンド6.17でリバウンドランキング12位に入った。キャプテンの星希望はアシストランキング6位に。レギュラーシーズン1位のJX-ENEOSとの対戦は3戦3敗。だが、スコアは76-81、57-72、68-75と、主力がほぼ全日本メンバーの絶対女王を相手に、最大でも15点差の健闘。76-81だった10月の初戦は、試合終了2分前までリードする展開だった。

個人の成長は見て取れた。チーム力もアップしている。成績には表れない上積みがある。

それでも、「確かに惜しい試合は多かったです。どの相手と戦っても、自分たちが主導権を握る時間帯はあります。ただ、勝ち切れない。10月のJX戦もそうですが、その次戦のシャンソン戦も前半リードしながら逆転された。シーズンの流れをつかめる試合を落としてしまった」。敢えて善戦を額面通りには受け取らない。

その奥底には選手への信頼がある。

シーズン中、前半でリードを許した試合で、衛藤はハーフタイムのミーティングに加わらないことがあった。「何をしていないから、そうなったか、選手たちは分かっているはずなんです。だから僕が言わなくても、何をすればいいか分かるでしょう、ということです」。3月1日の三菱電機戦、前半で19-33。衛藤はミーティングを行うロッカールームに入らなかった。第3クオーター、積極的な攻撃と激しい守備で18-17、第4クオーターも14-11と巻き返した。結果的に51-61で敗れたが、選手は自分たちで立て直した。そんな試合ができるようになった。

「可能性はあるし、地力もある。僕の仕事はそれをどう引き出してやるかなんです」。金沢大学を卒業後、同大、浜松大学のヘッドコーチを務めた。その後はアメリカに渡ってコーチ修行を積んだ。「挫折しました。無力でした」。それまでは自分が決めた枠から外れた選手を、取り込もうとはしなかった。「典型的な『ボス』タイプ。付いてこい、と言うけど、来ない者は『知らん』でした」。それがアメリカで変わった。

当時、マンチェスターにあったセントジョン・ミルラッツに、複数いるアシスタントコーチの1人として加わった。水くみに、練習の準備と、アシスタントコーチはそれぞれが自分の仕事を見つけて取り組んでいた。目的は、選手とチームの役に立つため。自分の指導方法を主張するどころか、役割さえ見つけられなかった。

「それまでは周囲に支えてもらっていたんです。自分が怒鳴っても、周囲が理解をしてくれた。自分を出すことも必要だけど、やるべきことは選手をどう気持ち良くプレーさせられるか」。プレーヤーファースト。このときに感じた意識が、今の指導の土台になっている。

自主性を重んじた指導の行き着くところは、選手のベースアップ。決まった形に当てはめることは、結果を導くには近道の1つだが、先の成長を考えたときには限界も見えてくる。「昨季は自主性とは言いましたが、『管理した自主性』でした。考えろ、という縛りの中での。でも、今季は選手が自分に必要なものは何かを考えるようになってくれました」。能力の一部は引き出せた。土台の上に、ステップは1つ重なった。

「あの子たちは試合を捨てない。どんなに点差が開いても、最後まであきらめない。当たり前のことかもしれないけど、それをやり切るのはすごいですよ。このメンタルは選手たちが自分で培ったものです」。自主性が結果に反映されるには時間がかかる。その中で着実に芽生えているものを試合に見い出せた。「その積み重ねがチームの伝統になるんです」。今後の楽しみは、すでに感じている。

衛藤2 トリミングリサイズ

☆えとう・こうへい
1982年12月27日生まれ。大阪府出身。
住吉高校から金沢大学へ。
その後、同大の大学院に進み、指導者の道に。
2006年に金沢大学のヘッドコーチを務め、
その後はアメリカ・独立リーグPBLで
アシスタントコーチを経験。
09年に金沢大学のヘッドコーチとbj富山のアシスタントコーチを兼任、10年は富山のヘッドコーチ。
11年からラビッツのアシスタントコーチを務め、
13年にヘッドコーチに就任。

〈文・斎藤慎一郎〉