【イベントレポ】100年の歴史を刻む、赤穂義士・堀部安兵衛を偲ぶ「義士祭」
12/14(日)、新発田市の大栄町にある長徳寺にて、堀部安兵衛(ほりべやすべえ)、赤穂四十七士を偲(しの)ぶ、「義士祭」が行われました。当日は雪がちらつく天候でしたが、私は赤穂四十七士といえば、忠臣蔵の「雪の中の討ち入り」が印象的だったので、イメージ通りに感じました。長徳寺は、堀部安兵衛の生家・中山家の菩提(ぼだい)寺で、安兵衛が植えたという「手植えの松」(現在は2代目)もあります。
この祭は、新発田出身の堀部安兵衛(武庸・たけつね)の義勇を語り継ぐ「武庸会」が、大正2年(1913)に発足したことに由来しています、現在も祭の中で行われている「偲ぶ会」は、100年以上続いていることになりますね。この「偲ぶ会」に、いつの頃からか少年少女による剣士パレードが加わり、現在の「義士祭」になっています。
それでは写真レポートをご覧ください。
気温は1~2℃だったと思います。境内では無料の甘酒やそばが振る舞われ、この寒空には大変ありがたかったです。
この「義士祭」に合わせて、境内にある「義士堂」も特別に一般公開されます。
そして本堂で行われている「義士祭」に向かいます。今年は、詩吟や剣舞、演武などに、安兵衛ゆかりの10団体が参加。
赤穂四十七士を偲ぶ法要の後、新発田市の下妻勇副市長から、本堂に集合した少年少女剣士に励ましのお言葉です。
いよいよ祭のクライマックス、「少年少女剣士パレード」が始まります。
元禄15年(1703)、12月14日深夜、赤穂四十七士は吉良屋敷に討ち入りし、主君・浅野内匠頭(あさのたくみのかみ/長矩・ながのり)の仇・吉良上野介(きらこうずけのすけ/義央・よしひさ)を討ちました。その義勇をたたえ、長徳寺からパレードが出発します。
参加してみて感じたのは、新発田の方の堀部安兵衛への親しみが伝わる、印象的なお祭りでした。
この「義士祭」ですが、赤穂四十七士の討ち入りと同じく、毎年12/14に長徳寺にて行われます。見逃した方は、来年ぜひ行ってみてください。祭の内容など、下記リンクも合わせて参照ください。
義士祭
会場:長徳寺(新発田市大栄町2-7-22)